“死にたい”と思うとき、人はなぜ“生きたい理由”を探そうとするのか?
“死にたい”と感じるとき、多くの人はその気持ちの裏にある矛盾に気づいています。
本当に死にたいなら、こんなふうに考え込んだりしない。
どこかで、“生きたくない”という気持ちは本当ではないのかもしれない、と感じている。
だから人は、自分の中の“死にたさ”を打ち消すように、“いや、生きたい理由もあるはずだ”と思おうとします。
紙に書き出してみたり、思いつく限り言葉にしてみたりする。
けれど、うまくいかないことが多い。
思いつかない。思いついても納得できない。自分で自分をごまかしているような気がする。
かえって苦しくなる。
“生きたい理由”がすぐ出てこないのは、よくあること
人は、すぐに思い出せることを“大事なこと”だと感じやすい傾向があります。
だから、“生きたい理由”がパッと出てこないと、“自分には生きる意味がないのでは?”と感じてしまいやすいのです。
でも実際には、理由が出てこないのは、ただ思い出しにくいだけだったりします。
それがそのまま、自分の価値や存在の意味を示しているわけではありません。
脳は、状況や順序、問いかけの仕方ひとつで感じ方を変えてしまう、とても柔らかい器官です。
だからこそ、問いの方向を変えることで、自分の気持ちに違う光を当てることもできるのです。
それならいっそ、“生きるべきではない理由”を考えてみる
“どうして私は生きてはいけないのか?”と、あえて逆の問いを立ててみてください。
思いつく限り、できるだけ多くの理由を書き出してみましょう。
途中で手が止まるかもしれません。言葉が出てこなくなる。
逆に、無理やり絞り出すような感覚になるかもしれません。
本当にそうだろうか、と疑問が浮かぶこともあるでしょう。
このときに答えが出なくてもかまいません。
むしろ、考えが詰まったという体験そのものが、あなたの中にある“ゆらぎ”の証拠です。
それは、“気持ちが少しだけ揺れた”ということに他なりません。
“死にたい”という気持ちも、自分の言葉とは限らない
いまの気持ちは、本当に自分自身の声でしょうか?
人の感情は、驚くほど他人の言葉から影響を受けています。
SNSで見かけた投稿、ドラマのセリフ、誰かの発言、音楽、エッセイなど、
心に残る表現は、無意識のうちに自分の感情として使われるようになります。
“死にたい”という言葉も、あなたが選んでしまった言葉であって、もともと自分の中に自然にあった感情ではないのかもしれません。
誰かの言葉を借りて、自分の気持ちを形づくっているだけ。
そう考えると、今の感情にも、少し距離を取れるかもしれません。
思考は、いつだって揺らぐ。だからこそ救われる余地がある
私たちは、自分の考えは固まっていて、変わらないと思いがちです。
けれど実際には、問い方や視点の角度ひとつで、感じ方が大きく変わることがあります。
気持ちがすぐに変わるのは、悪いことではありません。
むしろそれは、どんな感情も絶対ではないということを教えてくれます。
思い込みにとらわれず、少しだけ別の問いを投げてみる。
それだけで、心のかたちが少し変わることもある。
その変化に気づけたら、それはもう“動き”の始まりです。
終わりに
“生きたい理由”を探すのは、悪いことではありません。
でも、それが見つからないとき、余計に苦しくなってしまうことがあります。
そんなときは、問いを反対から見てみてください。
理由が出てこないという事実もまた、あなたの内側の“揺れ”を示しているのかもしれません。
人の気持ちは、ひとつの答えに収まるものではありません。
いま、ここで止まっているように見えても、あなたの中ではゆっくりと、少しずつ何かが動いているはずです。
※本ページの内容は、精神的な困難や自殺に関する感情の理解を目的とした一般的な情報提供です。個別の精神状態や健康に関する専門的アドバイスではありません。深刻な悩みや危機的な状況にある場合は、専門の医師、カウンセラー、または自殺防止ホットラインなどにご相談ください。あなたに合った適切な支援を受けることが、最も大切です。